三国峠温泉 御宿本陣
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本陣歴史資料館
資料館1
創業400年の三国街道浅貝宿「本陣」の歴史を今に伝える資料館で古き良き時代をしのぶ・・・大名達が当時着られていた着物をそのまま大事に保存してあります。資料館館内に自由にお入り頂き、直接ご覧頂けます。
資料館2 資料館3 資料館4
大女将がご案内します 綿貫家代々伝わる書物 昔ながらの宿帳など
    
「本陣」の由来
当旅館綿貫家は、三国街道浅貝宿の本陣、問屋、庄屋を勤めた旧家です。
江戸時代の三国街道は、江戸幕府の御金蔵をうるおした佐渡金山や、下越後の各藩領を結ぶ最短の街道であった。
そのため江戸時代の早期に街道が整備され、浅貝の宿建が行われたのは慶長十五年(1610年)であったという。
綿貫家はその時から問屋役を勤め、寛永十二年(1635年)に参勤交代が始まると、大名の宿泊させる本陣も勤めるようになった。
三国街道を通った大名は、長岡藩、村松藩、与板藩などであるが、稀に新発田藩や村上藩も通った。
役人では佐渡奉行、新潟奉行などであるが、佐渡送りになる無宿人の目駕籠も通っていた。
大名などの通行があると当家問屋場の前に多数の人馬が集められ隣宿(上州側永井宿、越後側は二居宿)まで荷物の継立を行った。宿泊の場合、殿様は当家の上段の間に招き入れられ、浅貝中の旅籠の家来が分宿した。
ほかに越後側から米や蝋や縮、金物などの荷物、上州側から竹や綿などの荷物が通り、庶民の旅行者も多く当時の浅貝は賑わっていた。




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